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門司簡易裁判所 昭和59年(ハ)122号 判決 1985年10月18日

原告

九州日本信販株式会社

右代表者

金田弘道

右訴訟代理人

三代英昭

佐藤進

被告

後藤鏡子

右訴訟代理人

住田定夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二八万円及び之に対する昭和五九年六月二二日から完済に至るまで日歩八銭の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は割賦購入あつせん業を営む会社である。

2  原告は、被告との間において、昭和五八年五月三一日、左記要旨の契約を締結した。

(一) 被告は、原告に対し、左の商品売買代金を加盟店へ立替払することを委託する。

売買の日 右同日

売主(加盟店) 株式会社コーキ

教育システム北九州センター

商品 アカデミア教育セット

代金 金三九万六七〇〇円

(二) 被告は、原告に対し、右代金相当額に手数料を付加した金四八万円を、昭和五八年七月から同六〇年六月まで二四回に分割し、毎月二六日に金二万円宛支払う。

(三) 被告が右割賦金の支払を遅滞し、原告が二〇日以上の期間を定めた書面でその支払を催告し、被告がなおその期間内に履行しないときは、被告は残額につき期限の利益を失う。

(四) 遅延損害金は日歩八銭の割合とする。

3  原告は、加盟店に対し、昭和五八年六月三〇日前記商品代金を立替払した。

4  原告は、被告に対し、昭和五九年六月一日到達の書面で、同年五月分の未払割賦金二万円を六月二一日までに支払うよう催告した。

5  被告が既に支払つた分は、昭和五九年四月分までの計二〇万円である。

6  よつて、原告は、被告に対し、立替金残額二八万円及び之に対する昭和五九年六月二二日から完済に至るまで日歩八銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は否認する。

被告は原告主張の訴外会社から原告主張の商品を購入したことはなく、原告に立替払契約の申込をしたこともない。

もつとも、その頃、被告が訴外会社から、アカデミア教育セットの引渡を受けたことはあるが、それは次のとおり、被告が訴外会社から貸与されたものである。即ち、被告は、訴外会社の募集に應じて、同社の学習教室のために自宅の一室を提供し、その学習教室管理者となつたものであり、右教育セットはその学習教室用教材として、同社が被告宅に配備するということで送付されて来たものである。

3  請求原因3項の事実は知らない。

4  同4項の事実は認める。

5  同5項の事実は否認する。

被告は、原告が主張するような立替金分割払の趣旨で原告に金銭の支払をしたことはない。

第三  証拠

一  原告

1  甲第一ないし第二六号証。

2  証人巨畠浩光(第一、二回)。

3  乙号証は全部成立を認める。

二  被告

1  乙第一号証、第二号証の一ないし三。

2  被告本人。

3  甲第一号証の被告及び後藤英誓作成名義部分の成立は否認する、その余の部分の成立は不知、被告の氏名が自署であり名下の印影が被告の印章によるものであることは認めるが、本人欄及び連帯保証人予定者欄以外は白紙のまま押印させられたものである。甲第二号証の原本の存在は認めるが、被告作成名義部分の成立は否認する、その余の部分の成立は不知、被告の氏名が自署であり名下の印彰が被告の印章によるものであることは認めるが、契約者欄預金者欄以外は白紙のまま押印させられたものである。第三ないし第二四号証の成立は不知。第二五第二六号証は原本の存在並びにその成立とも不知。

理由

一請求原因2項について証拠を種種検討するも、被告が同項記載の立替払契約の申込をした事実は、之を認めることができない。その理由を以下に詳述する。

被告本人の供述によると、次の事実を認めることができる。

1  訴外株式会社コーキ教育システム北九州センター(以下コーキ教育という)は、自宅で行うことのできる学習教室管理者を時間給七〇〇円で募集する旨の新聞広告を出し、北九州市小倉北区中心部のビルでその説明会を開催した。その説明会においては、コーキ教育の経営する学習教室の説明をするほか、コーキ系列の他地区の学習教室の運営状況などビデオテープに収録したものを見せたりし、その説明の中で、コーキ教育側は、学習教室において使用する教材はすべてコーキ教育の方で準備する旨の説明を行つた。そして更に、学習教室管理者としての適格を見るためと称して、簡単な試験をも行つた。その試験の結果は、後日連絡するとして当日その場では発表されなかつた。この説明会は、試験の時間まで入れると、三時間近くもかかつた大がかりのものであつた。

2  被告は、前記の新聞広告を見、広告欄に掲載の所に電話して説明会の開催を知り、説明会に出席し、適格試験も受けた。そして、その数日後、コーキ教育の担当者が被告の自宅を訪れて、試験には合格したことを告げた。そこで、被告は、コーキ教育の学習教室を自宅で開きたい旨を担当者に告げた。

3  その後更に数日して、コーキ教育の社員が再び被告の自宅を訪れ、コーキ教育の社内事務手続のために必要であると称して、甲第一号証の用紙に、被告自身と被告の夫の住所、氏名、年令、勤務先などを、その「ご本人」欄及び「連帯保証人予定者」欄にそれぞれ記入させ、それぞれの名前の末尾に判を押させた。そのとき、同用紙の他の欄はすべて空白であり、同時に複写記載された数枚の中の控となる筈のものも、被告には交付されなかつた。

4  それからまた数日して、被告は信販会社から、アカデミア教育セット購入の件として電話を受けたが、被告は自分では購入していない旨返答して、その件はそれで終つた。

右の事実によると、被告は、コーキ教育が経営するところの学習教室に自宅の一室を提供し、かつその管理者となつて、コーキ教育から時間給による給与を貰うことになるものと信じていたものと認められる。従つて、被告が甲第一号証に記名押印するとき、被告には、学習教室用教材を買取るなどという認識はなく、ましてや、その代金の立替払を信販会社に申込むという認識などはまつたくなかつたものと言わざるをえない。そして、被告が記名押印したときのその用紙の文面では、それがアカデミア教育セットの代金三九万六七〇〇円の立替払を原告会社に申込むための書面と認識できるほどのものであつたとは認められないので、甲第一号証は、被告の意思に基いて作成されたものとは認められない。これは、被告が記名押印を騙し取られて、被告名義の契約申込書を偽造されたというだけのことであり、意思表示の錯誤の問題でもない。

次に、甲第二号証について述べると、これは真正に作成されたものとは認められるが、請求原因2項の事実を認定するための証拠とはなりえない。その事情を説明する。

被告本人の供述によると、次の事実を認めることができる。

被告が自宅で学習教室の管理をすることになり、学習教室用教材としてのアカデミア教育セットも被告の自宅に届いた後に、コーキ教育の社員が被告宅を訪れ、アカデミア教育セットは一部分の分売もするから、被告の子供のために個人用として、子供の学年に相應した部分を買わないかとすすめ、被告はその当時八歳になつていた娘のために低学年用の一部分を買うことにし、その代金は一か月金二七〇〇円、一二回払の月賦で払うことになつた。そして、その一二回の月賦を銀行預金から自動振替で落して貰うために、甲第二号証の預金口座振替依頼書に記名押印し、それをコーキ教育の社員に渡した。同書に記載した福岡銀行門司駅前支店の被告名義の預金口座は、いわば被告のへそ繰りのような預金口座で、多額の金銭を同口座に預け入れることはなく、電気代、ガス代などの自動振替に使用しているのは夫名義の別の預金口座であつた。被告は、そのときも、駅前支店の口座には、個人用に買つたアカデミアの代金の自動振替に不足しない程度を預け入れていただけであつた。

甲第二号証の預金口座振替依頼書によつて、結果としては、本件立替金支払の自動振替がなされるようになつたようであるが、その資金は被告以外の者が振込んだ疑いが濃厚であり、同書を作成したときの事情が右のような次第である以上、同書をもつて本件立替払契約認定の証拠とすることはできない。それどころか、前記のように、被告がアカデミア教育セットの中の一部を自分の娘のために買つたということは、学習教室用のアカデミア教育セットがコーキ教育からの貸与のように説明され、被告もそう信じていたという事実を裏付ける事情にこそなるものである。

証人巨畑浩光の証言(第一、二回)中の被告に対する電話確認に関する証言部分は、被告本人の供述と対比すると、措信し難い。そして、その外に、被告が本件立替払契約の申込みをしたことを認めうるような的確な証拠はない。

なお、最後に付言すると、素朴な常識からすれば、信販会社が立替払をするからには、申込者の意思を入念に確認したうえでのことであろうし、申込者の意思確認も十分に行わないまま軽軽に立替払の実行をすることはあるまいと考えることもできる。その限りで前述の結論は経験則に反しているようにも見えるかもしれない。然し乍ら、昭和五〇年代後半頃の信販会社間の売上げ拡張の競争には、素朴な常識では計り知れないことが行われているのである。現に、本件でも、被告自身は無収入のいわゆる専業主婦だつたのであるから、連帯保証人予定者とされている夫に対して保証意思の確認が当然されるべきであつたろうに、なぜかされていないのである。言うならば一挙手一投足の労で足る筈の債権確保の手段がとられていないのである。このようなわけであるから、原告の主張を認めない前記の結論は、けつして経験則に反するものではない。

二以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官福田精一)

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